室蘭で、いってきマ~ス!
「まず、社会貢献でしょ」。パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社傘下でソフトウェアとハードウェアの設計開発を担うパナソニックITS株式会社(以下パナソニックITS)で、北海道室蘭市向けのMobility as a Service (以下MaaS:マース)プロジェクトの構想が生まれたのは、2018年。現在、パナソニックITSはプロジェクトのために室蘭オフィスを開設し、自治体や大学、多くの地元企業の協力を得て、実証実験を行うフェーズまで漕ぎつけた。
MaaSとは、さまざまな移動手段を情報通信技術によって効率的に活用し、「移動」をひとつのサービスとして最適化する考え方のこと。利用者が多く、ある程度の利益が見込める都心向けに開発されることが主流だ。しかし、パナソニックITSは、あえて利用者の少ない地方向けの開発を選択した。交通手段が少なく、高齢化の進む地方こそ、真にMaaSを必要としているからだ。
このプロジェクトは、「社会貢献を社是とするパナソニックこそ、真に困っている地域でサービスを展開しなくてはならない」という、プロジェクトメンバーの確固たる想いに支えられている。壮大なプロジェクトが今、北海道の地で花開こうとしている。
さまざまな課題を抱える地方都市
室蘭市では、他の地方都市と同じく、電車やバスの運行本数が少なく、移動には自家用車が不可欠だ。しかし、急速に進む高齢化で、車の運転が困難になり、移動に悩む住民が増加している。一方で、タクシーやバスを運営する地元企業や、ゴミ収集業者も、ドライバーの高齢化や人口減少による利用者の減少、さらには収益の悪化といった課題を抱えている。
そこで、室蘭MaaSプロジェクトは、アプリを使ったタクシーの相乗りや、高速バスとタクシーの連携機能で、利用者が支払う料金の低減や移動時間の短縮などを実現。自家用車を運転できない高齢者をはじめとした市民に、柔軟な移動手段として喜ばれている。さらに、専用に開発されたナビゲーションシステムによる最適なゴミ回収ルートの提案などで、ゴミ収集業務を効率化。 実証実験を通じて、室蘭市が抱えるさまざまな課題の解決に貢献している。
誰もやらないからこそ、パナソニックがやる
パナソニックITSの室蘭オフィスで、5名の少数精鋭のチームを束ねる開発リーダーの佐藤さんは、自身も北海道の出身だ。「自分たちが作ったものを直接ユーザーに届ける事業を立ち上げたかった」と話す。
「入社後、企業向けBtoBの仕事に携わる一方で、ユーザーの声を直接聞きたいという想いが強くなりました。そんな時に、社内の有志メンバーで新事業を構想するプロジェクトが始まり、参加を決めました。『これまで車載製品を作って、車の中の人を助けてきたけれど、今度は車の外の人を助けたい。移動に1番困っているのは地方の人たち。だけど、収益化が難しいから企業は事業をやりたがらない。だからこそ、社会貢献を社是とするパナソニックが、地方でMaaSを展開すべきだろう』ということをメンバーと話し合いました。そして、高齢化が進み、交通手段も限られている室蘭こそ、MaaSを最も必要としているし、実証実験を行う地域としても適切だと判断しました」。
社会貢献を第一とする考え方は、開発思想にも反映されている。室蘭MaaSプロジェクトでは、オーダーメイドでシステムを開発することが念頭に置かれている。
「効率を重視すると、1つのシステムを作ってそれを量産するのが適切ですし、そういったMaaSサービスは多いです。ただ、室蘭には室蘭の、そのほかの都市にはまた別の最適な形があるはずです。室蘭MaaSには軸となるシステムの基盤は存在しますが、その上に築く、ユーザーが触れる部分は、できるだけオーダーメイドで、地域に根差したシステムを構築したいと考えています」と佐藤さんは話す。
事業を展開する室蘭にオフィスを構えることで、プロジェクトメンバーは日々、サービスに対する住民の生の声を聞くことができる。サービスを利用するユーザーの 「ありがとう」という言葉を励みに、日夜システムを改善・発展させている。
自治体との二人三脚
佐藤さんが共に仕事をする仲間は、社員だけではない。室蘭市役所の職員で結成された5名のチームは、地域とパナソニックを繋ぐ、プロジェクトになくてはならない存在だ。彼らは、プロジェクト発足当初、地元企業との関係構築に奔走したという。
「開発当初は、室蘭でのパナソニックITSの認知度が低く、地元企業とのつながりをつくることに本当に苦労しました」と語るのは、室蘭市役所の職員でチームメンバーの小笠原さん。プロジェクトへの理解を得るために、メンバーは数えきれないほどの企業訪問を行ったという。
手探りの状態で、小笠原さんには開発リーダーの佐藤さんの存在が助けになったという。「市役所では、いかに現状から悪くならないようにするかという視点で仕事をしていました。しかし、佐藤さんは、いかに現状をより良くするかを考えていました。これが民間企業と市役所の違いなのだと気づくと同時に、どんなことも前向きに変えていく姿勢に勇気づけられました。佐藤さんとでなければ、このプロジェクトは上手くいかなかったと思います」と振り返る。
「まだまだ改善点はありますが、同時に、将来はもっとさまざまなことができる可能性があります。市役所だけでは解決できない課題が地域にはたくさんあります。パナソニックと並走しながら、一緒に新しい取り組みを形にしていきたいと思います」と意気込みを語った。
「いろいろな企業から声を掛けてもらいましたが、パナソニックITSは室蘭市と同じような全国の地方都市が抱える課題を解決しようという大きな目標を持っています。私はその志に共感しました」こう話すのは室蘭市の青山市長だ。
工学博士でもある青山市長は、工学の使命である「社会課題を技術でどう克服するか」を常に考えてきた。だからこそ、パナソニックITSと共にMaaSプロジェクトを推進することを決断したのだ。
「ナビゲーションシステムを活用した社会課題の解決につなげていけたらと考えています。全国の地方都市が将来的に直面する課題に先行して向き合っている室蘭は、課題解決の先進地になることができます。工業大学を有し、昔からモノづくりの都市として発展してきた室蘭に住む市民の皆さんは、科学技術に対する理解度が高い。多くの課題に対して、工業都市の室蘭だからこそ、技術を用いた解決策を示せると信じています」と青山市長は語る。
青山市長は、「パナソニックITSに代表されるようにパナソニックは社会課題の解決に取り組むチャレンジをされている企業です。その一助になって、ともに発展することが、室蘭に加えて、全国の自治体の発展につながり、国民の幸せにつながることになります。そういったプライドを持ちながら、パナソニックの皆さんと一緒に仕事をしていきたいですね。」と将来への展望を語る。室蘭市との協創で、プロジェクトは日本を変える大きな力へと成長しようとしている。
すべては人を育てるために
企業経営にとって、なぜ室蘭MaaSのような社会貢献事業が重要なのか。パナソニックITS社長の田辺さんが狙いを語る。
「私が社会貢献事業のリターンとして期待しているのは、社員の成長です。社会的な意義を感じられる仕事に携わることで、社員のモチベーションはぐっと上がります。モチベーションは人材育成に必須の要素です。昨日できなかったことが、今日できるようになる。これは大きな喜びにつながり、さらなる成長の原動力になります。室蘭MaaSプロジェクトのメンバーも、もの凄い熱意と行動力で仕事に取り組んでくれています。だからこそ、このプロジェクトが事業化に向けて進んでいるのです。 私の考えの根底には、パナソニックの創業者、松下幸之助の言葉、“物をつくる前に人をつくる” があります。人材が育てば、将来的な会社の発展につながります。もちろん、社会へのお役立ちを継続するという点で利益をあげることは大切です。しかし、短期的な視点で、人材育成を軽視し、利益だけを追求しては、絶対に会社は発展しません」。
室蘭MaaSプロジェクトは、モビリティの軸で地域の強みを活かし、コミュニティーを活性化させるプラットフォームを提供するパナソニックITSの計画の一部だ。実証実験を通じて、地域の暮らしに役立つビジネスモデルを確立し、室蘭での成功事例を他の地域にも広げていきたいという想いが込められている。 パナソニックITSは今後も、長期的な視点で経営を考えた上で、人材育成を念頭に、様々な新規事業に取り組んでいく。人を第一に考え、社会貢献を目指すパナソニックのDNAが、室蘭の地に根を張り、そこから広がりを見せようとしている。
室蘭MaaSプロジェクト詳細:未来への取り組み - パナソニックITS株式会社 - Panasonic