移ごこち5移動で地域をイキイキと。

「行きたい場所に行ける」を諦めない。
洞爺湖町からみる“地域移動交通”の未来

北海道・洞爺湖町では、長年地域の足として活用されてきた路線バスの維持が難しくなるなか、町民の暮らしを支える代替交通として、ワゴン車による予約制の乗合コミュニティタクシー「とうやコネクトタクシー」を開始。事業パートナーとして町に選ばれたのは、現場に入り込み、住民の声を出発点に新しい公共交通を提案するパナソニックITSでした。
導入に至る背景、立ち上げ期の試行錯誤、そして、運用を通じて見えてきた手応え――。洞爺湖町役場の安藤さんと、パナソニック オートモーティブシステムズのグループ会社であるパナソニックITSの担当者として町民に寄り添ったシステムの導入・改良を担った高橋さんが語ります。

公共交通を維持するために。
洞爺湖町が抱える事情とは

安藤 達哉

まず、「とうやコネクトタクシー」開始前の状況を教えてください。

安藤

これまで、住民の足として路線バスやコミュニティバスがありました。しかし、利用者は減り、空のバスが走っているときもあるなど、民間委託事業としての継続は難しい状況でした。とはいえ、単に廃止して人々の移動がなくなると、経済の循環も人の交流も止まります。町としての活力がなくなるのは大問題です。限られた予算の中で、どうやって継続的にできるかを考えた結果、パナソニックITSさんとの出会いをきっかけに、「とうやコネクトタクシー」開始に繋がりました。

高橋

洞爺湖町との取り組みの発端は、当社が近くの室蘭市と地域課題解決のプロジェクトを行い、公共交通系の実証実験などを実施してきたことでした。これが洞爺湖町側にも伝わり、お話するようになりました。事情を伺い「それなら我々のMaas活動『いってきマース』が助けになれるかも」というのが始まりでした。

  • ※ 専用アプリやLINEでタクシーを呼べるサービス。相乗りや割引を活用し安く便利に移動できるのが特徴です。高齢化や路線縮小などで不便になった地域の交通課題を補い、誰もが移動しやすい環境づくりに貢献しています。

安藤

代替交通を検討する中で、身の丈に合う設計と、パナソニックITSさんの「地域の課題を解決したい」という、私たちに寄り添ってくれる姿勢から、パートナーに選ばせていただきました。室蘭に拠点もあって、人材を町に送り込んで、住民の声を聞きながら改善していく、“売るため”ではなく“解決するため”に並走してくれる姿勢が、町の事情に合っていたんです。

高橋

2024年10月に「とうやコネクトタクシー」として運用がスタートしました。それにあわせて、私も総務省の地域活性化企業人制度で、町役場に週の半分は登庁する形で着任しました。運用開始当初は、利用者の生の声を聞くために、運行しているタクシーに同乗するなどしていました。

路線バスなど、従来の交通手段が廃止されると聞いた町民の皆さんの反応はいかがでしたか?

安藤

路線バスの終了については「寂しい」という声が多く聞かれました。一方で「誰も乗らないなら仕方ない」という諦めの声もありました。かつて賑わっていた町も人口が減る中で、スーパーがなくなる、銀行のATMもなくなる、など、「なくなる」ことが続く中で、「ついにバスもか」といった受け止め方でしたね。
さらに、洞爺湖町は湖を挟んで集落が点在し、近所に大きな病院もスーパーもない地域もあります。運転しない人のための「足」が途絶えると、通院も買い物もままならない方が確実に出る——そんな切迫感も町としてはありました。

高橋

洞爺湖町は、旧虻田町と旧洞爺村が合併してできた町ですが、その旧洞爺村は市街地のある旧虻田町からは離れた場所にあるんですよね。「とうやコネクトタクシー」のコネクトには、そんな洞爺村、虻田町、そして洞爺湖町の温泉街という3つのポイントを繋ぐ、という意味も込められているんです。

テクノロジーと
「人間の心配り」が
実現する、
たしかな地域への寄り添い

「とうやコネクトタクシー」はどんな交通手段として設計したのですか?特徴はどんな点にありますか?

安藤

元々公共交通の利用者は、その多くが高齢者です。高齢者が利用しやすいものにするのが大前提で、加えて、クルマを持っていない学生が通学に使えるようにすることも重視しました。

高橋

象徴的な機能として「仮想停留所」というものがあります。高齢者の利用を前提に「家の前まで来てくれる」に近い便利さを実装するため、運行ルート上に利用者が自宅近くのポイントを“停留所”として設定できるようにしました。高齢者の歩行負担を減らしつつ、ダイヤの正確性も守れる。ルート設計は大変ですが、当初のねらいは保ちつつ現場の声に合わせて微修正するやり方が、結果的に安定しました。

高橋 慧​

安藤

路線バスよりも自分の家の近くから乗れるようになったかわりに予約が必要になったため、予約方法も議論しました。電話は高齢者にもなじみやすい方法ですが、人件費も跳ね上がる。いっぽうLINE予約なら24時間受け付けられます。説明会や個別訪問でのフォローを前提に、「LINE+電話」の併用に決めました。高齢者でも、LINEなら家族との連絡で使ったことがあるなど、「なんとか使える」という方が多かったからです。

高橋

実際に使っていただく皆さんへの説明には力を入れました。便利に使えるよう、その方の孫になった気分で、ひとりひとり丁寧に教えていきました。こういう小さな積み重ねが、サービスの土台をつくったと思っています。

運用中の改善についても教えてください。

安藤

月1回、定例ミーティングの場で意見交換を重ねています。内容は、利用者から寄せられたルート変更の要望に対する調整が多いですね。ただし、全ての要望に応えるわけにはいかないので、原則「今、実際に使っている人の不便」を優先して改良を重ねていきます。

高橋

運用開始以降の一番大きな改良は、予約番号の変更をしたことです。毎回予約時に発給する「予約番号」を、当初は毎回ランダムな4桁にしていましたが、覚えられない、メモするのを忘れる、という意見が多かったことから、個人別のID番号に予約情報を紐づける方式へ変更しました。扱う個人情報を少なくしつつ、利用者の利便性にも配慮した形です。

安藤

気をつけているのは「身の丈にあった公共交通」であること。最大の目標は「無理なく続けること」ですから。機能にしても、欲張るとシステム規模も大きくなり、費用もかさみます。「この町に何が必要か?」を常に考えながら改良していきます。

高橋

ITの会社としては、言っていることが逆行しているようですが、私たち開発者側も、テクノロジーの「入れすぎ」には注意しています。私たちの技術を使えば、この乗客はここで乗るから、車線のこちら側を通行してください、というところまでレコメンドできます。でも実際には、ドライバーと乗客の間で話して「こっち側に渡って乗ってね」とその場で話せば済むし、運転もスムーズにいきます。なんでもシステムで決めてしまうのではなく、最後は人と人とのコミュニケーションや思いやりで解決するほうがいいですよね。

地域の「足」を諦めない。
身の丈に合ったしくみで、
持続的な運用を実現

「とうやコネクトタクシー」の開始後、どんな変化が生まれましたか。また、利用者から喜びの声などは寄せられていますか?

高橋

私が直接聞いたのは、学生のお子さんを持つお母さんからでした。今まで30分から40分かけて送っていたのが、「とうやコネクトタクシー」で行けるようになって助かった、と。送迎の分の時間が浮いたので、お弁当をつくってあげられるようになったと聞いて、これぞ、この仕事のやりがいだなと思いました。

安藤

私は、家から買い物に行きやすくなった、という話を聞きました。あとは「運転手さんの対応がいいですね」とか。運転手さんは複数いますが、皆さん評判がいいんですよ。テクノロジーで便利にすることも大事ですが、結局は人なのかな、と。血の通ったサービスを提供し続けることが大切だなとも感じました。

高橋

初日に調査のため「とうやコネクトタクシー」に同乗したとき、満席の車内で「どこそこの誰々さん?」と井戸端会議が始まる光景に驚きました。移動そのものがコミュニティのハブになっている。車内で自然に会話が生まれ、新しいつながりが育つ場面もあります。

今後の展望についてお聞かせください。

高橋

今開発中なのが、ルート変更の自動化。今はエンジニアが町の要望を元に調整していますが、役場側がこうしたいと思ったらすぐに反映できるようにします。関係者全てにとって便利なシステムが、理想の姿。それを追求することは、日々の運用負担を軽くすることにも繋がり、持続可能な公共交通をつくりあげます。今後も町民、利用者に寄り添った運用、開発をサポートしていきます。

安藤

まずは、続けていくことが大事。その上で、予算や人手に限りがあることをふまえ、欲張らず身の丈に合う仕様で、必要なところに必要なコストを掛ける。 “今乗っている人”の声を聞いて改良を重ねていくことで、理想の「持続可能な公共交通」を実現できると考えています。今後もパナソニックITSさんと協力しながら、「とうやコネクトタクシー」の運営を長く続けていきたいですね。

※ 記事内容は公開当時のものです

  • 安藤 達哉​(洞爺湖町役場職員)

    2016年に洞爺湖町役場に奉職し、2023年から地域の移動に関することなど、まちづくり業務に従事。移動の足を確保し続け、将来に渡って住みごこちのよいまちをつくることが目標。


    ここちよさを感じるのは?
    洞爺湖を見ながらカフェオレを飲んでいるとき。

  • 高橋 慧​

    2018年、パナソニックITSに入社し、機構開発部門にてEV用車載充電器の開発に従事。現在は北海道室蘭市を中心に公共交通サービス事業を担当し、持続可能で移動が障壁にならない環境をつくり出すことが目標。


    ここちよさを感じるのは?
    洞爺湖の湖畔を散歩・ドライブしているとき。