移ごこち3クルマの可能性を拡げていく。

「人の状態」に着目した
デザイン。
クルマの可能性を拡げる、
体験起点のアプローチとは。

クルマに乗る時間を、ただの移動時間で終わらせない。パナソニック オートモーティブシステムズは、人とくらしを起点に移動体験を再定義。車内空間を新たにデザインし、「移動」そのものに価値を生み出そうとしています。「WELL Cabin」プロジェクトで「WELL Cabin GranLuxe」(※)を用いた事業検討を通じて、車内空間の在り方を探る、3人の社員が語ります。

  • ※ WELL Cabin GranLuxe …55インチの超大型透明有機ELディスプレイをはじめ、独自のエンターテインメントシステムと快適な居住空間を備えたトヨタ・ハイエースベースの車両。パナソニック オートモーティブシステムズが制作し、2025年1月の東京オートサロン2025に出展、注目を集めた。

“移動”を超えて、人と暮らしから「価値の種」をみつける

まずは土屋さんから、役割を教えてください。

土屋

私は、このプロジェクトの立ち上げから関わってきました。商品企画担当としてコンセプトや「価値の種」をつくり、その後技術担当に戻って実現のためのソリューション開発に取り組みました。その後、事業化にむけて、改めて事業推進の立場で関わっています。

プロジェクトの方向性をどのようにして見いだしたのですか?

土屋

当社はOEMビジネスが中心です。カーメーカーとの協業の中で、求められる以上のよりよい製品を提供するのが仕事です。とはいえ、それだけではエンドユーザーに十分な価値を届けられません。B to Bの先にいる“C”のお客さまに目を向け、人の行動や生活を見つめ直しました。その際、「移動」や「クルマ」という前提を外すことで、車内を「ひとつの空間」として、その価値を再定義しました。
クルマは、自宅でも職場でも、カフェのようなサードプレイスにも当てはまらない、「特別な空間」です。将来、自動運転が普及すれば、クルマでの過ごし方が変わり、移動する時間、空間が「新しい体験」を紡ぐ舞台に変わります。この視点はより重要になるでしょう。
そんな中で、調査・研究から見えてきたのが「移動中に休みたい」というニーズでした。特にビジネス層では、30分程度の短時間睡眠でリフレッシュする「パワーナップ」が注目されており、車内空間でそれを実現できないかと考えました。

土屋 賢史

塩谷

そのコンセプトを形にしたのが、「WELL Cabin GranLuxe」の前に制作した「Luxe」でした。それに加えて、移動中に「気分を切り替える」「次の体験へ向けて気持ちを盛り上げる」ということにもコンセプトを拡げていき、観光分野でもよりよい移動空間のニーズがあるということから、「WELL Cabin GranLuxe」ではさらに移動時間を前後の体験から切り離さず、一連のストーリーとして設計することも意識しました。
観光やスポーツ観戦では、移動中から目的地にまつわる情報や演出を提供すると、現地での体験が深まります。観光ガイドが使う「インタープリテーション」という手法を活用し、車内エンターテインメントとして、文化や自然の価値をあらかじめ紹介することで移動を価値ある時間に変えることもできるようにしました。

コンセプトを「形」へ。
ペルソナから
掘り下げていく。

塩谷 侑亮

つくり上げたコンセプトをどのようにして「WELL Cabin GranLuxe」というクルマの形に落とし込んだのでしょうか?

塩谷

商品企画担当として、まずペルソナの設定から始めました。設定したペルソナに近いユーザーにインタビューして、どんな体験が楽しい、ここちよいと感じたのか掘り下げていきます。そして、その人にとって理想の状態を実現する車内空間を検討し、現実の設計に落とし込みます。
「休む」という点では、例えばあるエグゼクティブがインタビューで話していた「商談と商談の合間に頭を切り替えるため、短時間の睡眠や瞑想を使う」ということを参考に、くつろげてなおかつ仕事も効率化できる空間を考えました。
もうひとつの移動空間内の体験を乗車前後の体験とつなげるという点では、例えばヴィーガンの観光客の方に、魚介類を使わない寿司も日本にはあるんですよとか、外国の方に、日本の文化はあなたの国のこういうところと実は歴史的なつながりがあって、というように移動の体験の中で、ただ「情報を知る」のではなく、日本と自分の間に「繋がりを感じる」ことで、その人の今後の人生や考え方、感じ方にいい影響を及ぼせるように空間を設計したい、そのためにはどんな空間がふさわしいのかと発想を膨らませていきました。

武藤さんはデザイナーとして、コンセプトを「形」につくり上げていく役割を果たされましたね。

武藤

私は、コンセプトを「体験」として実現するための空間デザインを担当しました。形にしようとしたのは“モノ”そのものではなく、“人の状態”です。例えば「心が落ち着いている状態」や「頭が冴えている状態」をどうつくるかを考え、短時間で豊かな体験を提供する空間として、光・音・香りを組み合わせてデザインしていきました。

「Luxe」のほうはエグゼクティブ向けで、少人数がくつろげる環境を目指していましたが、「WELL Cabin GranLuxe」では観光客やインバウンドを意識しつつ、富裕層向けにも対応できるようなイメージでつくることになりました。 まず私は、短時間の乗車で他にはない移動体験を提供できるように、「ハレ」と「ケ」という日本の文化概念をヒントにして非日常をもたせました。旅というものは、人にとって特別なもの。「ハレ」つまり“祭”のイメージ、嬉しく思い出に残る空間をこのクルマで表現できるように組み立てていきました。
実際のデザインモチーフとしては、大海原を航海するクルーザーを選びました。さまざまな旅の中でも、船旅は優雅でここちよいものですよね。特にクルーザーには高級なイメージもあります。それを「WELL Cabin GranLuxe」に落とし込もうと考えました。この着想には、私自身学生のころからヨットに乗っていた経験も助けになりました。船の織りなす流線型の造形や、間接照明など空間における光の使い方、手触りが良く質の高い素材感を、壁の意匠や天井の照明、内装全般に反映しています。
また、外装についてはイタリアで自動車を専門とした有力デザインスタジオである「Italdesign」に依頼し、海外の方にも印象深いデザインに仕上げました。

武藤 完志

左:大海原を航海するクルーザーのイメージ / 右:「WELL Cabin GranLuxe」の内装上:大海原を航海するクルーザーのイメージ
下:「WELL Cabin GranLuxe」の内装

近未来の車内空間は、こんな「移ごこち」を提供する。

近い将来、より高度な自動運転が実現できると考えられています。その変化の中で、車内空間はどう発展し、どのような「移ごこち」が実現できると考えますか?

塩谷

出勤時間に代表されるように、移動のためだけの時間はゼロになるのが理想。その究極的な姿は「どこでもドア」です。それと比較してなお、「こんな体験ができるなら時間をかけても移動したい」と選択してもらえるような空間を実現したいと考えています。リモートワークなどの普及で、「やりたくない移動」の比率は減り、旅行やお出かけなどの「したい移動」の比率が増えていく中で、より一層移動の目的や移動先での体験にフォーカスした時間、空間の設計が重要になるでしょう。

土屋

今回の「WELL Cabin GranLuxe」もそうですが、人や暮らしを起点として「移動体験」を創造することで、新たな価値を生み出せると考えています。今後も、私たちが形にしたものをユーザーに問うてみて、そのフィードバックをもらいながら、ユーザーと一緒に「新しい移動の未来」をつくれたらいいなと思っています。

武藤

今後もデザインの力で、新たな「価値」を具体的な形にしていき、五感をフルに使って楽しめるような移動空間をつくっていきたいですね。そのためにも、人の体験を中心に置いたものの発想が重要になってくると思います。

塩谷

今、人とクルマには操作する者とされる物という役割分担があります。これが自動運転になると、対等なパートナーのような関係になります。これまでのクルマにはさまざまなセンサーが取り付けられていますが、それらはすべてクルマの外や、機械的な部分を見ています。自動運転時代には、むしろ車内の人間をセンシングして、乗員の状態、人の状態を見て、クルマのほうから働きかけてくれるようになるはずです。そのときこそ、私たちがチャレンジしてきた「人の状態をデザイン」する発想が、これまで以上に重要になるでしょう。

  • 土屋 賢史

    2006年に入社し、ディスプレイや映像LSI(Large Scale Integration)先行開発やIVI(In-Vehicle Infotainment )、CID(Center Information Display)などの設計開発に従事。2019年から商品企画。現在はキャビンUX事業開発室にて「WELL Cabin」のプロジェクトマネージャーを担当。こころを動かす移動体験を創出し、移ごこちのよい社会の実現に貢献することが目標。


    ここちよさを感じるのは?
    旅先で現地の文化に触れ新しい価値観に気づき、非日常の空気を感じるとき​。

  • 塩谷 侑亮

    2025年に入社し、キャビンUX事業開発室にてカーOEM様との共創活動、「WELL Cabin」の商品企画に従事。現在は旅行業務取扱管理者の資格や前職での新規事業の経験を活かし、インバウンド向け事業の企画や顧客対応を担当。安心、快適、楽しい移動空間を実現することで、道路を『ドライバーやライダーや歩行者が互いを思いやれる様なやさしい移動の世界』にすることが目標。


    ここちよさを感じるのは?
    春や秋の涼しい季節に田舎道をバイクでトコトコ走っているとき。

  • 武藤 完志

    1993年に入社し、キャビンUX事業開発室にて車内のインテリアデザイン開発に従事。現在は「WELL Cabin」のデザイン開発を担当し、移ごこちのよい移動体験環境をつくり出すことが目標。


    ここちよさを感じるのは?
    緑のなかでゴルフをして、いいショットが打てたとき。